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​反出生主義とホラー

 ある劇団の作・演出家アカツキカゲリが、誰にもその才能を見出されることなく謎の死を遂げた。そしてその1年後、1人の劇団員(女3)が遺作の再演を企図して、かつての劇団員たちを招集する。彼らはそれぞれに「命の悲しみ」を抱えていることが明かされる。例えば女3は胎児が1年半もお腹の中に居続けているらしく、胎動は感じるらしいのだが腹は膨らまず、超音波エコーにも映らないという。男1は愛娘を事故で亡くしている。女1は子どもを授かることが出来ておらず、それを悔やんでいる。並行して、天涯孤独の身であり、「半グレ」として違法な仕事で収入を得ている男2と、そこへ違法薬物を買いに訪れた、母体を守るために堕胎した過去を持つ女2の、交際に至るエピソードが描かれる。真っ当な手段で収入を得るべくショートドラマの台本を書きはじめた女2のもとに、知人でもない女3から上述の再演への協力依頼が届いたことで、彼らは一堂に会するが、実はアカツキカゲリは男2の父であり、その男2に殺されたこと、また女3の中にいる胎児は男2と同様アカツキカゲリの子であることが明らかになる。男2と女2の間には子が生まれるが、アカツキカゲリと名付けられる可能性が示唆されるかたちで物語は終わる。

 この作品には、哲学者デイヴィッド・ベネターの著作により近年一躍注目を集めた「反出生主義」(人間は生まれてこないほうが良いと考える立場の総称)が大きな影を落としていることが伺え、本編中でもアカツキカゲリ及びその実子である男2が、互いの存在を要因として反出生主義に目覚めたことが語られる。また前述した「命の悲しみ」のように、「命」にまつわること、特に「命」を生むことについてはほぼ一貫してネガティブなニュアンスで描かれていることから滲むのは、命を生むということに対する恐怖であり、これを馬鹿正直に現実の反映として受け取るならば、今の若年層にとって子を産むということは、観念的で非現実的な恐怖そのものなのかもしれない、と思わせるものがこの作品にはある。

 ただ視点を変えてみれば、いわゆる「Jホラー」映画において妊娠が重要な要素として描かれることは少なくない。また、女性の生殖能力を不気味なものとして表現するというホラー映画に典型的なミソジニーの現れ=女性性の怪物化から、本作も完全には逃れえていない(ただし、本作において遍在する不気味なものの根源は父であるアカツキカゲリであることは記しておく)。ホラーというジャンルにおける妊娠描写とミソジニーと反出生主義の思いがけぬ繋がりや、劇場空間を作中における様々な思い・悲しみが積み重なる霊的空間としての劇場に見立てて使用するなど、興味深い要素は多々散りばめられているものの、類型的・表層的な羅列に留まっている印象は否めず工夫の余地も大いに感じられる。そもそも、なぜ反出生主義なのか、なぜ「命」をここまで恐れているのか。それらへの賛同不賛同とは関係なく問いたくはなる。生半可なクリシェを超えて体重の乗ったことばが聞きたい。

 

 参考文献 

宮本法明『生まれることは呪われること——Jホラーの妊娠をめぐる表象』

(ユリイカ2022年9月号 特集=Jホラーの現在 所収)

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執筆者 プロフィール

三田村啓示(みたむらけいじ

主に関西圏を中心に、演劇について多岐にわたる活動を行う。第18回(2015年)関西現代演劇俳優賞受賞。KYOTO EXPERIMENT主催【批評プロジェクト 2025】にて、「告白と謎」が最終選出作に選ばれる。最近は労働と育児の合間に演劇作品に出られそうなら出たり、雑文や劇評を書いたりする。WINGCUP審査員については、ウイングカップ5より10年にわたり務めた。

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