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「からまる」

キャラクターに焦点を当てたファンカム的レビューを試みる。
 もんじろうは、四面楚歌という感じ。周りをしんどい人に囲われて喪に服している。しんどい気持ちは、ずっと心の奥にひた隠しにしている。最後ゴジラみたいに全部ぶっ倒していったのは、彼の中の最後の線がぷっつんして、我慢できなくなったんだと思う。我慢して生きる人々を代弁したような姿だった。
コータは、もんじろうの弟でずっと引きこもっている。誰が訪れても、なかなか出てこない。引きこもりってそんなに悪いことなんだろうか?と思うが、彼に対し兄もんじろうはやたら厳しい。きっと兄は長年の付き合いで、あの手この手を尽くしてコータと向き合ってきたのだろう。教員も経験しているから余計に、何とかしてやりたいという熱量みたいなものを、あの「開かずの扉」にぶつけてきたのだなあと思う。コータと通じ合うのは、もんじろうの元カノのさな。コータとさなは、「周りの誰かにわかってもらえない気持ち」というところで共通点がありお互い同じ目線を見ていると感じた。一線は越えてしまうが、コータが心を開くために、さなは一躍買ったという感じがあった。
 じゅんこは、病でなくなったもんじろうの母。病で先日亡くなったばかり。しかし、もんじろうの前にだけ現れる。じゅんこは、もんじろうが迷っているときに背中を押す。そういうといい人だがそうではない。度胸とか、男らしさを理由として、この話の中の「間違ったと思われる道」に見える方にぐぁっと引きずり込んでしまう。それでも生まれ持った縁がある。こうした自分の周りにいる誰かのささやきは、何気なく私たちのよりどころとなり、私たちを時に導き、時に惑わすものだなと感じた。
やっしゃんやキムは、友人枠の出演。そもそもどんな仕事でも、はじめてやる仕事は上手にできなかったりする訳だから、仮想通貨もそうしたことを見越して始めるべきである。大損する覚悟が必要である。プロは大儲けをするが、不慣れな人が本来始めるべきではない。そこでやっしゃんが手を出してしまうというのはやはり、相当今の仕事を不遇に感じていたり、体力的な限界のようなものをひしひしと五体に感じて生きてきたのだろう。そのやっしゃんを説得し、仮想通貨話を進めて行くのは、いかにも吉本新喜劇の悪役にも見える、どこかポップな悪役キム。キムのなんとも言えないのが服装以外で悪さを出していない。むしろ、さなが登場したときに「なんであいつがおんねん」と、堂々としていたらいいのに隠れてしまう可愛さみたいなものがあった。憎めないキャラクターキムさん。狭いコミュニティの中で、キムさんに騙されてしまうのも人情。仕方ないのかもしれない。
元カノさなは積極的に描かれていたが、結婚・出産などのライフプランを考えたときに、そうした積極性は起こり得ると思った。焦りや不安定な気持ちというものは抱えるものだし、さなの場合はこうした表現となっただけかなとも思う。積極性は、キャミソールワンピースの紐を片一方だけ外すという形で、観客にも配慮した形で抑えた表現だった。
 おとんは、途中ぽつぽつと登場するが無力さをまとっているその背中が寂しいと感じた。お話の中で登場する事件に対して、止めることができない。おとんの背中を見ていると、本当にお母さんが頼りだったんだなと思う。最後のシーンもおとんの身体が一回り小さくなったように見えた。誰かを失った悲しさをずっとまとっているように感じた。

 

レビュアー プロフィール

浅田誠(あさだまこと
役者

演劇ビギナーズユニット2018『わが町』に出演。京都国際ダンスワークショップフェスティバル2019ドキュメント・アクションに執筆参加。2022年『FURUMAiiiiiiiiiiiiiii』に出演後、山口浩章×KAIKA 既成戯曲の演出シリーズVol.2『特急寝台列車ハヤワサ号』に出演。現在会社員。

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