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「板の上への導線」

 観劇は「変わった趣味」と思われることが多い。最近は2.5次元舞台と呼ばれるゲームや漫画原作の演劇作品もかなり多く、一部のキャストは年末の歌番組に出演するし、2.5次元舞台からテレビのバラエティ番組枠でのレギュラー進出もよくある今でも、「観劇」は敷居が高い。一地方の町だとしたらなおさらだ。

 過疎化の進んだ「すたれ町」に立派な劇場が完成したところから物語ははじまる。役所に勤める小橋は、かつて演劇部に所属していたのもあって、町に分不相応とすら思える大きく立派な劇場のPR担当を任される。しかし、同じ業務を任された先輩の関は、そもそも娯楽に興味を示さない人だった――。演劇のことをまったく知らない関に、実際に舞台に立つように小橋は「いろは」を教える。上手、下手、照明、暗転……。まさに劇場という空間でしか出てこない用語であり、世界。身をもって理解していくうちに、関も演劇の面白さに目覚め始める。そんなときに、小橋の元同級生で同じ演劇部だったホクロが町に帰ってきて、より「演劇指導」は激化する。

 観客として劇場にいる我々も、小橋に演劇のレクチャーを受けている感覚に陥る。演劇を「観る」だけの立場だったのに、「演じる」立場の視点にぐっと感情移入していく。あんまり専門用語をいきなり言われると戸惑うのは、どういうジャンルでも同じことだけれど、実際に「体験」するとすんなり身体に染み込んでいくように分かる。

 劇中、小橋が好きな劇団として「劇団☆新感線」を挙げ、好きな戯曲に「かもめ」「さんにん姉妹」「アタミ」と挙げる。劇団☆新感線といえば、小劇場演劇の代表格からブレイクし、脚本家や役者でもテレビや映画で活躍する人が多い。演劇をテーマにした『ダブル』という漫画では、「かもめ」「三人姉妹」は各話タイトルに使われているし、舞台化された際には、「熱海殺人事件」の冒頭で「白鳥の湖」が流れるというエピソードもしっかり言及された。ある意味、どれも「ベタ」だ。演劇について少し知っている人間なら、それ自体に触れる機会はなくても、名前くらいは知っているような固有名詞たち。もし知らなくても、気になって観劇後に調べたくなるような語りは、この舞台をきっかけに「演劇」そのものに興味を持ってほしい、という強いメッセージ性を感じた。

 さびれた町に、1500席の劇場ができることに対して、演劇の良さを伝え、そして、劇場をひろく様々な人々が「板の上に立つ」空間として呼びかける三人は、まさに「演劇」「観劇」「演劇業界」すべてが世間かあらやや遠いところにいるものを、ぐっと近づけてくれる。

 一方で、ホクロは東京で売れない役者をバイトを兼業しながら続けている、という現実の側面も提示する。私はふだん東京で観劇しているからこそ、大阪の小劇場でこの公演を観たことで、東京の特異性を強く感じた。実際、有名な劇団や演出家の公演でも「東京のみ」「東京、大阪のみ」というものは多い。演劇の世界で成功するには「東京で売れる」のはほぼ必須条件となっている現実がある。あたりまえにすぐに行こうと思えばいつでもどこかしらの劇場で演劇が観られる。しかし、別に東京に住んでいても、「観劇」を趣味として、ふだんから情報チェックをしていなければ、なかなか実際に足を運ぶことは難しい。東京周辺に住んでいれば、逆に情報が多くて観客側としては埋もれてしまう。

 照明を使った演出や、コミカルな場面転換など、ノンストップで世界に引きずり込んでいく公演で、ずっと目が離せなかった。没入感でぐちゃぐちゃになったあと、帰宅するときに、「日本の演劇の先」を考えてしまう。誰も答えを知らないから、その「先」を作っていくのは、役者や演出家などの演劇に直接携わる人だけではないのだ、と思う。観客や、観客になりうる人たち、も当事者なのだ、と。

 

レビュアー プロフィール

詩舞澤 沙衣(しぶさわ さい)
限界研

首都圏在住で普段は東京中心に演劇(2.5含め)を趣味で観ています。また、1月末に日本の戯曲研修セミナーin東京2023で「人類館」を読むイベントに参加します。

大学在学中に東大新月お茶の会に所属。『現代ミステリとは何か』(南雲堂)で「作家だって一生推してろ 斜線堂有紀論」でデビュー。現在は、批評系同人誌などでも活動。

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