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「革命前夜の夢物語」

本作は舞台美術から作り始め、タイトルや脚本は美術に当て書きしたということで、さすが素敵な美術でした。舞台上手下手を貫く白い丸みを帯びた枠が舞台上に2本とプロセニアムアーチの位置にも配され、なるほど手狭な三つの寮部屋にも見えるし、水族館の大水槽にも見えるし、駅のホームにも見える。本作ではこの3つの場所を行ったり来たりしながら進みます……進む、というか、行ったり来たり、します。それぞれのシーンの人物は決して交わることなく、まるでねじれの位置にいてストーリーを組み立てようとする私たちを混乱させます。おそらく、本作に何か一つのストーリーを求めてしまう方がナンセンス。永遠というものに、順序は必要ないのです。見ていない方はストーリーがないのに何を楽しめるの?と思うかもしれません。結論から言うと、それは喜びに満ちた観劇でした。私は解放された。何から、というのは後々。というわけでレビューを進めたいのですが、どうしましょう。あらすじが書けません。寮部屋、水族館、駅のホーム、それぞれの場所にはストーリーのような展開があって、それをそれぞれ記述することはできるのですが、それはちょっとめんどくさい……というのと、それぞれのシーンが断片断片で語られるからこその観劇体験だったように思うので。整理すればするほど、体験とは遠ざかってしまう気がする。なので、この体験を通して私がいかに変化したかということのレビューを書きたいと思います。本作における初心者、というのは作中の登場人物たちというよりは、おそらく観客である私たちだったのだろうと思うので。それでは、永遠初心者観劇ビフォーアフター、ご覧ください。

*ビフォー*

 喜びに満ちた観劇体験だったと冒頭言いましたが、ホクホクしているだけの時間ではありませんでした。胸がきゅっと苦しくなるような孤独もありました。もっとも辛かったのは少年がイワシになったシーン……いや、イワシが少年になった、か。水族館のイワシの群れを「あの人」と呼び特別な感情を寄せていた少年は、ある日晴れて「あの人」と同じ存在、つまりイワシの群れになります。しかし、「あの人」はいくら呼んでも出てこない。そして少年は気づくのです。「あの人」が並べ替えられて自分の形になってしまったんだと。その時の少年の叫びと言ったら!永遠、それって最強じゃん、と憧れを抱いていたはずなのに、いざ手に入れてみると途方もない孤独で。なんてかわいそうな少年!そう、この時点では私は上演に対して客体だったのです。少年に感情移入はしつつも、自分は安全な客席で外から彼を見守っていた。いわば日本昔話をみる時のような気持ち。「ほら、永遠なんて恐ろしいでしょう?限りある存在だからこそ人間というのは尊いのだ」なんて教訓すら浮かんでいました。

*アフター*

 ラストは手狭な寮の隣同士の3人のシーン。それはそうと私はラストシーンに限らずこの寮の会話が大好きでした。せっかくだから直接会おうよ、なんてはじめのシーンで話していたのに結局ラストシーンまでそれぞれの部屋から会話する3人。テンポのいいたわいない会話が耳に心地いいのです……なんて微笑んでいるといつのまにか、私はすごく遠いところまで来ていたようなのです。

いつものように夜の通話をして「おやすみ」と電話を切った3人でしたが、センチメンタルになっていたn号室の住人を元気付けるためでしょうか。いびきを気にしていたn+1号室の住人をフォローするためでしょうか。n+2号室の住人がn+1号室の壁に向かって大きないびきを真似始めたのです。それを聞いたn+1号室の住人がn号室に向かっていびきを響かせる、それを聞いてn号室の住人がn+1号室に向かっていびきを響かせる、それを聞いてn+2号室の住人がまたいびきを響かせる……私は愛おしさが込み上げました。動物園で動物を見る時のように。なんということでしょう。動物だなんて人間に使うには悪趣味な例え、という価値観を脱ぎ捨た自分がそこにいました。私は村田沙耶香という作家が大好きなのですが、彼女の小説の中でも大のお気に入りが『タダイマトビラ』という作品。母親らしさの欠けた母と、ほとんど家にいない父のもとで育った主人公・恵奈が自分の家族を求めて、恋人を作ったり別れたりまた作ったりするのだが、ラスト、彼女は家族制度の外に出るのです。恵奈は人間という生命体を愛おしみ、「カゾクというシステムの外に帰ろう」と言う。今まではこのラストにぞっとしていました。しかし、今なら違う、と思えたのです。恵奈が抱いた愛おしさってこれなんじゃないか?だってもう少しで私もお隣さんとしていびきを響かせていたんじゃないかとすら思う。ケツが痛くならなければ。残念なことに、私には肉体があって、ケツには痛みがあって、私は初心者で、それが限界でした。無限のいびきを響かせることはできませんでした。玄人のための永遠があれば、きっといびきで世界のシステムを壊せるんじゃないかと思います。

 なんて。これを書きあげるために上演から1週間も2週間も過ぎようとしているのですが、夢のような話でしたね。結局、いびき革命はなかったのです。本当にそんな体験したのか?とすら思い始めています。ニンゲンを愛おしむなんてやっぱり失礼な表現なんじゃないかと思い始めているし、『タダイマトビラ』はやっぱりサイコホラーでした。ただ、忘れ形見一つ。どうやらいびきを響かせる3人が、私の中に住み着いたようなのです。私は好きな時に、あの白い枠の中にいる3人のニンゲンを見ることができる。それを見るたび、やはり愛おしさがこみ上げてくる。ゆっくりと、いびきひとつ。私はいつでもシステムを揺るがすことができる。

 

レビュアー プロフィール

足達菜野(あだちなの

伊丹想流劇塾第5期を卒業後、脚本執筆に勤しんでいる。
今年の目標はいっぱい上演すること。
俳優としても活動中。
近年の出演作は
2022年地点イヴ・シリーズ『水鶏』
2023年うさぎの喘ギ第9回公演『いつだって、はじまれる』
2023年うさぎの喘ギ第10回公演『演劇RTAハムレット』 など。

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