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「自由を救い、一歩踏み出す」

パプリカどろぼうは形あるものならなんでも盗んでしまう。お店の食材や美術品、どうでもいいものから、大切なものまで。そんな謎の生物が現れて4年が経とうとしているなか、明日二十歳を迎える加藤ハルカを祝うために、京都旅行にきた高校の元同級生4人を中心にこの作品は進んでいく。言わずもがなこのパプリカどろぼうはコロナの置き換えである。作・演出を担当した健康自身も先日二十歳になり、コロナと共に学生生活を送って来た。「パプリカどろぼう」はファンタジーでありながら、彼の体験や想いがこれでもかと詰め込まれた私小説的な作品だった。

 中心となる4人(加藤ハルカ、宮野シグサ、楠木コノハ、リンリン)はそれぞれ将来に漠然とした不安を抱えている。夢に向かって進めているのかわからない者、自分は才能も好きなものも何もなく大学で人生の夏休みを過ごしてる者、家庭の事情で夢を諦めざるを得なかった者、友達と別れたくないが故郷に帰らなければいけない者。それぞれの悩みは多くの人が乗り越えてきた、もしくは現在進行形で抱えている悩みだろう。おそらくこれは作者自身が抱えていた、もしくは今も抱えている悩みであり、強く実感を持った悩みとなっている。設定としてはステレオタイプに見えるかもしれないが、我々のいる世界(観客のいる現実世界)に卑近した、誰しもが抱えたことのある悩みを登場人物に持たせることで、どの登場人物にも共感できる部分が生まれ、作品世界に入り込むことができる。

 もう一つ我々のいる世界と作品世界を繋げる設定として、パプリカどろぼうの存在がある。前述のようにこれはコロナの置き換えであり、これの登場に全人類が振り回された。作品で描かれる彼女らの旅行は、パプリカどろぼうによって行くことが叶わなかった修学旅行の代わりであり、容易に外に出ることができなかった彼女らが子供達だけで外に出て、知らない大人と初めて出会う機会だったのであろう。その旅行中に出会う大人のうちの一人が叡山キブネ。彼女は2年間全国を旅をしているのだと言う。宮野、楠木、リンリンの3人はこの謎の旅人である叡山と話をすることで、自身が抱えている漠然とした悩みとちゃんと向き合い、一歩踏み出す心の準備をすることができた。しかし叡山と話すことができなかった加藤は一人で悩み続け、パプリカどろぼうに自分を盗んでくれと願う。その願いを聞き入れ、今まで一度も盗んで来なかった人間(加藤)を盗む。盗まれた物は返ってこないとされていた中、友達を盗まれてしまった3人は、加藤を救うためにパプリカどろぼうと対峙する。最終的には止まった時間の中でパプリカどろぼうをぶん殴り(⁉)加藤をとり返す。そして加藤は自身の夢である教師を目指すきっかけとなった叡山からエールをもらい、命を賭して救ってくれた友達と食事をしながら、一人では無いことを実感し、この作品は幕を閉じる。

 レビューの冒頭で、この作品は作者の体験や想いが詰め込まれた私小説的な作品だと言ったが、それと同時にコロナによって立ち止まらざるを得ず、停滞してしまった全ての人に向けた応援の作品でもあった。作品の最終局面、止まった時間の中で、パプリカどろぼう(=コロナ)を直接殴る3人を背景に流れる「止まった時間が動き出した。そんな気がした。」という台詞が強く印象に残った。時間が動き出したのは子供達だけではない。加藤を救うためにパプリカどろぼうの元へ向かう3人を、叡山は多くの大人と協力してバックアップした。作品の最後で分かるのだが叡山は元教師で、恐らく子供たちの思い出をパプリカどろぼうから守れなかったことを悔やみ、教師を辞め旅をしているのだ。そんな彼女が今度は子供たちを守ることができた。それによって彼女も止まっていた時間が動き出したのだろう。加藤を取り戻した(=パプリカどろぼうを倒した)ことで喜ぶ大人たちを尻目に「これで全てが終わったわけではないと言うのに」という彼女はどこか清々しい顔をしていた。

 登場人物達が抱える悩みはパプリカどろぼうが発端ではあったが、彼女達が出会った友達や大人との対話によって、悩みを解決できはしないものの、前に一歩進む決意ができた。パプリカどろぼうに盗まれた過去がなければ、現在の出逢いも無かったかもしれない。盗まれた物だけではなく、今自分が手にしている物も沢山ある。旅行をしてきた4人が最後にパプリカどろぼうに向けていった「ありがとう」は、そんな想いのつまった言葉だった。もちろん現在は感染対策の規制も緩和され、かつての日常を取り戻したかのように感じるが、感染が拡大していたあの時期に失った時間がいつまでも心に引っかかっていて、そこから前に進むことできていない人もいる。作者の健康はこの作品でそんな人々の代わりにコロナ(=パプリカどろぼう)を殴り飛ばし、優しく背中を押したのだ。

 

レビュアー プロフィール

豊島祐貴(とよしまゆうき)
プロトテアトル 俳優

​ウイングフィールドスタッフ

1992年生まれ。「俳優になればいろんな職業になれるやん」という浅はかな考えから近畿大学芸術学科舞台専攻に進学し演劇をはじめる。その後同級生と共にプロトテアトルを立ち上げ現在は俳優として活動している。ウイングフィールドには2015年より勤務しており、3年ほど前からWINGCUPを担当している。劇場スタッフとしてお会いしていた人に、俳優としての現場でお会いすると、なんだか恥ずかしい気持ちになる。

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