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「ときほぐす」

北海道からはるばる大阪へ、飛行機と戦いながら、積載可能な小道具と共にいらっしゃったポケット企画さん。
 1番最初の車中のシーン。「うき」という言葉が並んで整列する。次の瞬間、さっと崩れ去ってまた違う「うき」が立ち上がる。そして崩れる。何かゴールに向かうわけではない、純粋に言葉遊びをしているのが楽しい、そんな車中の2人を見て一緒に楽しんだ。その後も、この車中のシーンはお話の軸となり、私たちが一旦お話に揺さぶられたときに、元に戻る場所として生きている。
 そのまま、のほほんと安心するのもつかの間、反転ゲームがはじまった。何が起こったんだろうとおもった。エネルギーがみなぎりまくった本気さに、学生時代の「リズム4」「数取団」「いっせいので…2」あるいはトランプの大富豪を思い出す。最近でいうとジャルジャルさんのM1ネタ「国名わけっこ」のような感じ。何でもないことを本気になってやる、すこぶる頭をフル回転させて楽しむ2人の姿に、中高生の姿が重なり、世界観に対する愛着が増した。「ヨロコビ」というテーマにふさわしい充実感があった。
 何気ない場面の切り取りにより、物語が彩りを増している。じいちゃんとばあちゃんが会話する場面は、まるで遺影から2人が飛び出してきて話しているようだった。お葬式の時は、遺族が祭壇に飾る写真を故人が一番良い時の写真にしようとすると聞いたことがある。そうした遺族の思いが反映されてか、じいちゃんは花柄のズボン、ばあちゃんは髪を長くしており、姿がとても若々しく感じた。短い場面だったが印象的だった。
 「僕たち、やめようと思いまして」とダンサー達が言い訳をしてダンスを辞める場面。先生は「タイミングおかしくない?」と彼らの言葉に対して言葉で応えじっくりと話を聞く。そしてその後一人になって、置かれた状況に向き合い身体で表す。二重の楽しみがあった。言葉を交わす演劇の世界にコンテンポラリーダンスが溶け込んでいくのを感じた。
 うきちゃんとともちゃんの場面。2人がみかんを食べるだけの時間がなんとも豊かさだった。あの時間がずっと続いてもいいと思えるほど、故郷の哀愁やなつかしさのようなものを感じた。みかんは甘酸っぱさが魅力だが意外とわずらわしい食べ物である。細かい粉?が付いたり、1こ1こむかないといけなかったり、皮があるためしっかり噛む必要がある、そういったところに気づけたのも、みかんを食べるだけの時間の充実感に繋がっていたように思う。
 子ども「うき」と大人「うき」の会話。子ども「うき」と大人「うき」の記憶がそれぞれの違うところから、大人「うき」と一緒に落ち込んでいたのが馬鹿らしくなって、心が軽くなった。大人「うき」が落ち込んで、子ども「うき」が「そんなこと言わないでよ!」という場面も印象的である。子ども「うき」の方が人生経験は短いけれど、冷静に生きることを見つめられていたり、希望を持っていたり、状況の言語化がうまくできていた。子どもは決して侮ってはいけない。子どものハッとする一言に大人が襟を正すという話も聞いたことがある。自分の中に子ども「うき」を持つことは、日々のよろこびを取り戻す活動になっていくと感じた。
 最後の場面。ポケット企画も定期的にワークショップをしているらしく、その身体、言葉がそのまま舞台に表されていた感じがした。それぞれの理由で、タイミングで訪れているにも関わらず、共感性がある不思議な空間だと改めて感じた。ほっこりしたまま、幕が閉じた。

 

レビュアー プロフィール

浅田誠
役者

演劇ビギナーズユニット2018『わが町』に出演。京都国際ダンスワークショップフェスティバル2019ドキュメント・アクションに執筆参加。2022年『FURUMAiiiiiiiiiiiiiii』に出演後、山口浩章×KAIKA 既成戯曲の演出シリーズVol.2『特急寝台列車ハヤワサ号』に出演。現在会社員。

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