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最早笑えるほどのバッドエンド

「天使は毘沙門天に射貫かれる」というタイトルの時点ではどんな物語か想像もつきま せんでした。前説で劇団員の方が仰られていた、「笑える話」「面白い時には笑ってください」 という言葉からコメディ作品だ、と分かりました。お芝居が始まりしばらくしてもやはりコ メディ。登場人物たちの軽快なやりとりの中で散りばめられた笑いのネタに、私も他のお客 様方も思わず声を出して笑ってしまいました。一見怖そうでも人情味溢れる主人公と、彼を 取り巻く家族、友人、彼女。日常にありふれたしょうもない会話がなぜか笑える。そのよう な時間が続きました。そのためか、その先の展開に油断しきっていました。
物語の中では、亡くなったはずの主人公の母親が、主人公の目にだけ見える所謂幽霊と いう形で登場します。母親自身が言うには「天使」だそうです。ハイテンションでおちゃら けていて、お茶目なお母さんというキャラで、劇中何度も爆笑をかっさらったキャラクター です。主人公が悩み、決断に迷った時必ず現れ助言します。主人公は金に目が眩んだ友人た ち、引きこもりの弟、性にだらしない彼女といった周りの人物たちとの関係に頭を抱え、葛 藤しながらも母親の助言に忠実に行動していきます。その決断はどれも自分を優先するこ とはなく、相手にとってそれが最良の選択になるように考えたものでした。
なんとも不幸なことにトラブルを抱えた人たちを引き寄せてしまう、そしてその人た ちを見捨てられない主人公の性格。私なら、もういい!好きにしろ!お前なんか知らない! と投げ出してしまいそうな相手にも必ず変わるチャンスを与えるんです。きっと改心して くれるだろう、きっと変わってくれるだろう、きっと気づいてくれるだろう。主人公の教師 という職業も相まってか、何度裏切られてもそう信じるんです。その結果は散々なものでし た。主人公は周りの友人達はおろか助言をくれていたはずの母親にさえ裏切られてしまい ます。 一見して主人公以外は幸せを手に入れたかのようなラストでしたが、私は誰も報われない ものだったと思います。主人公の思いは周りの誰にも届かない。そして、その周りの人たち も目先の幸せだけ手に入れて、きっと長くは続かないし、これからも主人公の意図に気づく ことなく同じことを繰り返して生きていくのだろうと思いました。結局誰も本当の幸せに 辿り着くことができないみんな揃ってのバッドエンド。あまりにも救いがなさすぎて、舞台 上でキャストさん方が挨拶し、はけていく中ずっとこれで終わらないでくれ、と願ってしま いました。
コメディだと思っていたのに、どうしてこうなった。お人好しの主人公と困ったさんな周 りの人たちとの関係を天使になった母親の助言がハッピーエンドへと導いてくれる、そん な物語だと思っていたのに。自分も知らぬ間に一つ一つの母親の助言が、一つ一つの主人公 の決断がどんどん狂って、誰も救われぬ方に向かってしまっていたんです。それをラストシ ーン、主人公が天使を射貫く場面で一気に理解しました。題名、深読みするまでもなく本当 にそのままの意味でした。
見終えた後ははっきり言って喪失感というかなんとも煮え切らない思いでいっぱいでし た。あのとき主人公がこうしていたら、あのときあの友人が、弟が、彼女が思い直していれ ば、タラレバが止まりませんでした。もやもやが止まらず憂鬱とした気持ちで劇場を後にし たのですが、今劇評を書くにあたって思い返してみると、主人公を苦しめた周りの人達はあ る意味素直な人たちだったのだと思います。金に、立場に、性に、それぞれ対象は違っても ただそれを求めることに貪欲で素直で、それが一重に悪いことと言い切ってしまっていい のか、と。勿論そのせいで苦しんだ主人公という存在がいたことを忘れてはいけませんが、 なにもとんでもないクズ達というわけでもなく、人間誰もが内側に秘めた欲を世間体や面 子といったしがらみ抜きにそのままにしただけであって、あの登場人物達も自分の一部で あるというふうに考えると、主人公以外の登場人物達の気持ちも少しわかるような気がし ました。ただやはり、主人公が気の毒でならない、せめて 1 人は味方がいて欲しかった、と 思う気持ちも止まず、やはり自分を見失わないということは誰にとっても難しいのだと思 いました。
一つ一つの決断が人生を狂わせることもある、そうなってしまった時に後悔や怒りに飲 み込まれて自分を見失わない方法は何なのかと、考えさせられる劇でした。そして何より優 しくて見返りを求めない、いい人が必ず得する世界ではない。改めてこう思いました。

 

レビュアー プロフィール

鈴木たから(すずきたから
演者

2005 年大阪生まれ、大阪育ち。市岡高校中退。中学生のときに出演した舞台をきっかけに演劇に惹き込まれ、市岡高校在学時には演劇部にて活動。ウイングフィールドで開催された highschool play festival2022(通称 HPF)では脚本、主演を担当。同年 11 月の地区大会をもって高校中退。以降も演劇活動継続中。

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