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​正気を保つために

 憲法が改正され、他国と戦争状態にあるらしい近未来の日本のどこかの街にある、地下シェルターが舞台である。しかし、登場人物にとっては本当に日本が戦時下なのかどうか定かではなく、数日に一度空襲警報が鳴るが空襲が行われたこともないらしい。警報が鳴ったら常にシェルターに来る、というか入り浸っている視覚障がい者のタケシタと、そこをたまに訪れている様子の友人ハシモトのもとには、戦争の最前線たるこの街に取材に訪れた新聞記者と名乗る女性ユメカや、日本と交戦中の国の兵士らしき男が訪れる。ユメカは実は戦争など存在せず、政府の狙いは戦争があると思わせることだとか、裏で5人の人間が日本を牛耳っているだとか陰謀論めいたことを捲し立てだす。キレるタケシタを尻目にユメカはインドに行き宇宙を感じて人生観が変わったハシモトと宇宙人を呼び出す儀式を決行、それは成功(?)し宇宙人が現れ、彼らはタケシタに、ここを出て「危険ではないところ」に共に避難することを提案する…

 一見軽快な近未来SF不条理会話劇といえる本作には、まさに今世界で起こっていることが日本に暮らす私たち一人ひとりにもたらす不安が、作り手の実感を伴って反映されている。それは凝縮された現実であり現実の素材で構成された現実のアナロジーである。Jアラートが鳴り響くだけで領域内に落下することがない某国のミサイルや、SNSをちょっと調べれば山ほど出て来るくらいすぐそばにある陰謀論、世界情勢が悪化する中、米国の核の傘の下で日本はいつまでゆるゆる安穏とやっていけるのかという不安、などといった現実と付き合わねばならない私たちの姿がそこに見出せる。

 その臨界点として現れる宇宙人は、スーツ姿で日本語を高音で流暢に話す妙に所帯じみた存在だが、それ故にかタケシタは宇宙人に初めて自身の鬱屈を吐露する。バイト先のカレー屋をクビになったこと、出ることは簡単だが自分はここを愛しており、一人にはなりたくないがここに残ること、ここも危険かもしれないがこの場所での日々がずっと続けばいいと思っていること。その切実さは静かに胸を打つ。しかし結局宇宙人およびハシモトと、いつの間にかハシモトと好い仲になっていたユメカもシェルターとこの街を去ってしまう。

 彼らとわかりあえず別れを告げられ、シェルターに残ることを選ぶタケシタは、世界で起こる凄惨な出来事やひたひたと迫る「新しい戦前」の気配のなか、正気を保つために内向していく私たちそのものだと言いたくはなる。タケシタが視覚障がい者として描かれたことは、今の私たちが情報過多と視覚偏重の末に何が正しいかわからず、逆に何もみえなくなってしまっていることのメタファーなのかもしれず、だからこそ、最後に丁寧に描かれるタケシタと他国の兵士とのたどたどしい言葉と「触覚」による交感には、「さわる」のではなく人に「ふれる」という出来事が成立するために必要な「信頼」の気配と、微かな希望の感触が感じられる。

 

参考文献 伊藤亜紗『手の倫理』講談社、2020年

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​撮影:オカダタクト 松浦亜美

執筆者 プロフィール

三田村啓示(みたむらけいじ

主に関西圏を中心に、演劇について多岐にわたる活動を行う。第18回(2015年)関西現代演劇俳優賞受賞。KYOTO EXPERIMENT主催【批評プロジェクト 2025】にて、「告白と謎」が最終選出作に選ばれる。最近は労働と育児の合間に演劇作品に出られそうなら出たり、雑文や劇評を書いたりする。WINGCUP審査員については、ウイングカップ5より10年にわたり務めた。

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